田沼意次の、人から妬まれるほどの未来予測と行動力

田沼意次の講演会(東大名誉教授藤田覚先生)に行きました。 江戸後期の始まりに当たる田沼時代と言うと、賄賂政治のイメージがあるかもしれませんが、最近はその功績を評価されるようになってきました。地 元の皆さんも、実際はどうだったのか?とても関心が高かったようです。

1 田沼意次がなぜあれだけ出世したのか?

2 田沼意次は、賄賂政治家なのか?清廉な政治家なのか?根拠とその時代背景

3 田沼意次の素顔について

4 相良藩の問題点

貨幣経済の歴史を研究している人たちからすると、田沼時代から近代に突入すると言うほど、田沼意次は、幕府の財源をお米からお金に評価を転換しようとした改革者だったそうです。

それまで農民からしか取っていなかった税を、専売や組合などで優遇する仕組みを作り、初めて商人からも税金を取るようにしたのだそうです。他にも政府のお金を貸し付ける制度を作ったり、銀行を作ろうとしたり。江戸時代はお米(石)を基準に価値や力を表現していたものを、一気に変えようとしたわけです。  

 

つまり田沼意次は、既存の制度にとらわれずに、これから先の時代に必要なものを見極め、実行していく行動力のあった方のようです。

(だからこそ、政治の中核を担うポジションを維持しようとし、もちろん恨みもたくさん買いました。)

社会的な背景としては、平和で遊芸を奨励し商業を活発化させていったので、誰もが利益を得ようと裏工作・賄賂を自然とするような時代にもなったようです。

そんな田沼意次の素顔は?

1 知識や知恵があり頭が良い人

2 とても律義な人

3 おごらず謙虚で、分け隔てなく心遣いのできる人

4 身分制度を越えて人を徴用した柔軟な人(家臣を選挙で選ぶなど)

5 仕事の責任を果たしたら、余暇は芸事で遊ぶことを奨励した人

6 幕府での仕事を優先し、地元の藩運営には少々疎かった人

  この田沼時代は、経済が活性化し、遊びを奨励したことから、たくさんの現代に続く芸能文化が花開いたとも言えるそうです。 当時は批判の対象となりましたが、後々功績が大きいと評価され、「田沼時代」と名前で分類わけをされた人は他にいないそうです。

明治維新の際、勝海舟は「田沼なら今をどう捉えただろう?」と言ったとか。   私は、「そんな人でも失脚するの?」と思ったのですが、 当時の政治の仕組みを伺うと、 「失脚するのは当然で、必ずその日は来る」のだと。 う~む、おもしろい。  

失脚を恐れているよりも、志を持ってまい進すれば、

自ずと周囲には、盤石な関係が出来てしまう。

自然と、人より多くの賄賂が集まってしまう。笑

今を、自分の人生を生きる。  

そういうことだな~と、田沼意次の講演を聞いて感じました。

調和も大事ですが、志しを持つ強さと行動力も、大事ですね!